「飯豊連峰は山形、福島、新潟の3県の境に位置し、主脈は延々20kmに及びます。
山容はいくつかの鋭鋒を起こしながらも、全体的にはなだらかなうねりとなっていますが、ひとたび稜線からそれると急峻な沢が山肌深く刻まれ、険しい表情もみることができます。また、2,000m級の峰々を連ねた堂々たる山塊は、四囲の山系を圧倒しています。
季節ごとに咲き乱れる色とりどりの高山植物、美しい緑の草原に点在する池塘や雪田。日本百名山でもある飯豊連峰は、まさに山上の楽園と言えます。
冒頭の文章は、第12回カモシカマラソン「晩夏の飯豊連峰縦走路をゆく」の大会パンフレット、およびプログラムに「飯豊連峰の概要」として記載したものです。
1997年にカモシカ山行とウルトラマラソンの両方の要素を合わせもった(同時に楽しめる)レースとして、毎回コースを変えて開催してきたカモシカマラソンでしたが、諸般の事情により2007年のレースを最後に従来の方法による開催をいったん打ち切りました。そして、見直し期間を経て、ここに装いを新たにしたカモシカマラソンを復活させることができました。それも夢の飯豊連峰で…。

JR磐越西線・山都駅に異様な集団が降り立ちました。

異様な集団ではありますが、お行儀よく並んで受付を済ませています。

競技説明もきちんと聞きます。

スタート前のお決まりの記念写真。前列中央のおじさんが持っているのは何?

7時、異様な集団が飯豊連峰に向かって走り出しました。

飯豊連峰の登山口ももうすぐ。みんな、快調!
さて、8月22日(土)7時、夏山登山のピークも過ぎ、やや静けさを取り戻した飯豊連峰の登山基地・JR磐越西線山都駅から、何やら異様な輩36名が走り出しました。登山口である川入キャンプ場までは空身なので、23kmで400mほど上る道のりは異様な集団の皆さん、実に軽快な足どりでクリア。でも、ここからが大変。今回は山中で1泊することになっているので、その分重くなった荷を背負わなくてはなりません。おまけに胸が斜面につくほどの急登。なのに、皆さんの表情は満足げです。天気は上々だし、何しろ高度が上がるごとに見事な風景が次々と展開されていくのですから。
特に、稜線に出てからは最高の気分でしたね。冒頭の文章通りの「山上の楽園」を漫歩しているようでした。夢が叶って、ここ飯豊連峰を舞台に今こうやってカモシカマラソンを実施していることに、ムサッシーはこのうえない喜びに浸ってしまいました。

三国岳が近くになると眺望が開けてきます。

三国岳、飯豊本山間の岩稜地帯とゆく。気持ちいいねー。

最高峰の大日岳と雪田。期待通りのロケーションの連続です。

大日岳の雄姿がますます大きくなってきましたね。

そして眼前には飯豊本山の頂が…。
「夢の飯豊連峰」。私事で恐縮ですが、ムサッシーは中学のとき故郷の北国は津軽の秀峰「岩木山」に登って以来、長い年月をかけて日本百名山参りを続けてきて、とうとう昨夏に北海道の「幌尻岳」で99座の頂に立つことができたのです。そうです、実は日本百名山完踏にリーチがかかっていたのです。
そして、本日14時を少し回った頃、眼前のなだらかなスロープを一歩一歩、私の長期に及んだ百名山登山の歴史をふり返りながら終着駅となる飯豊本山の頂に向かいました。もちろん、万感胸に迫り、周りの風景が霞んでいました。
山頂では、ヤナギ~がわざわざ作ってきてくれた横断幕で記念撮影。それに重たい思いをして担ぎ上げてくれたワインで乾杯。仲間の心憎い贈物にまたまたジーンとなってしまい、困りました。私の日本百名山完踏を祝ってくれたカモシカの仲間たち、本当にありがとうございました。

飯豊本山頂上にて。皆さん、ありがとう。おかげさまで、忘れられない1日になりそうです。
感激を胸に、さらに歩を進め御西小屋に到着。速いチームも、遅いチームもここ御西小屋が初日の終了点になりました。本レースは19時~翌4時まで行動禁止のため、速いチームはここから最高峰・大日岳を往復して終了、遅いチームは大日岳往復を明朝に残して終了し、小屋に入りました。
小屋では、各チーム思い思いの食事風景でしたね。コンロ、コッヘルで調理するチームもあれば、携帯食で素早く済ませるチーム、アルコール付きで宴会モードのチームもありましたね。ほぼ全参加者が一堂に会し、チームを超えてくつろいでいる様は、何かレースというよりも集団登山といった雰囲気がしたのは私だけではないでしょう。小屋の広さの割には人数が多くて、快適とはとても言い難いけど、皆さんいい経験になったと思います。

大日岳頂上。風が強かったけど、360度のパノラマは最高でした。

大日岳から飯豊本山を望む。酔いしれますね。
翌23日(日)はガスっていて、視界不良、加えて強風。雨は落ちていないもののランナー的には、むしろ悪天候に近い状況と言えます。
4時、昨日のうちに大日岳往復を済ませたチームの多くは集団で出発。レースとはいえ、安全第一です。集団をリードした岡田選手は山のエキスパート、さすがでしたね。
夜が明けてからはムサッシーがトップに立ち、その後は一転、レース模様となりました。まず先行したのは、残念ながらお互いの相方のキャンセルのため、急遽チームを組んでオープン参加となった磯部、飴本ペア。これにムサッシーたち、そして今回、大方の予想に反して優勝した市川、高木ペアが続きます。
天候の方はやがてガスも晴れ、とき折り陽が射すようになりましたが、依然、強風が吹きすさんでいました。女子ランナーには難儀なことだったと思います(雁坂の女傑さんだけは別?)。ホント、よく頑張りました。
でも、目を瞠るような眺望は相変わらずです。120%、飯豊連峰のゆく夏を堪能させてもらいました。

とうとうやってきました朳差岳頂上。安堵感と名残惜しい気持ちが交錯。
やがて、飯豊連峰主脈の北端、朳差岳へ。ここから下界に向かってひた下ることになります。疲労もかなり増してきていたので、ホッとしたというランナーと、せっかく踏み入れた「山上の楽園」から立ち去りたくないというランナー、果たしてどちらが多かったのでしょうか。
朳差岳からの長い激下りは、かなり効いた模様。蛇の度々の出没にも驚きましたね。
林道に出てからも暑さも手伝ってきついランニングとなりました。最後のチェックポイント・大石ダムの手前に設置した臨時エイドで幾分持ち直したものの、とどめの12.5kmのアスファルト道にも参りましたね。我ながら、涙が出るほど嬉しい「超ハードなコース」になってしまいました。ランナーの皆さん、本当にお疲れさまでした。それから、ランナーのサポートにあたってくれた久山幸男さん、千葉恵一さん、本当にありがとうございました。
因みに、本レースの出走者は36名、うち完走者は制限時間外を含めて31名でした。

バンザーイ! きっちり時間内完走したぞー。

無事ゴール。温泉とビールが待ってる~。
19時30分からランナー16名、スタッフ1名で宿泊先「胎内アウレッツ館」にて食事会を開き、カモシカマラソンについて語り合いました。
今回、ムサッシーはランナーとしても参加しましたが、やはり主催者サイドに立つと、登山におけるリスクの高さにどうしてもこのレースの開催に及び腰になってしまうことも確かです。が、皆さんのカモシカマラソンに対する熱い思いを聞くと、何とかリスクの軽減を図り、継続していかなければならないという気にさせられてしまいます。
今後は、日本三大峠である南アルプス・三伏峠、また北アルプス・針ノ木峠を通過する山域で開催できればと考えております。カモシカファンの皆さん、お楽しみに!
(写真協力:チバちゃん、ヤナギ~、オクムNo.1さん)